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kodebuyaの日記

再分配にYES!!そして橋下にNO!!の食レポブログです。

いい話だからいいじゃん?

雑感 デマ

Facebookで話題になっているこちらの記事
f:id:kodebuya1968:20120310075417j:image:small

文字が読めるでしょうか・・・

気仙沼で発見された携帯に残された最後のメールです。

この原稿は私が担当をしている新聞の
今月分の原稿です。
いつも手書き文字とイラストを書いています。


「もうバッテリがないよ
痛いと言わなくなったので
妹はさっき死んだみたいです。(T。T)
埼玉はだいじょうぶですか?
またお父さんと一緒に
ディズニーランドに行きたかったです
お父さん 今までありがとう
だいすきなお父さんへ
本当にありが 

享年 長女17才 次女14才 」



真横で妹が死にゆくなか
どんな想いで暗黒と極寒の中、彼女はメールを
残したのでしょう。涙が止みません。

48才のお父様よりこの携帯を見せていただきました。

一周忌の11日(日) 宮城の地にて
祈りの会を行わせていただきます。

14時46分に黙祷を行います。
どうか、皆様各々の場所にて黙祷を御奉げくださいますよう。

「最後に伝えたかったこと 
〜故人に伝えたい47のメッセージ〜」 はこのような
命の大切さを気づかせていただける、ご遺族様の機長な
言葉を、同じく手書き文字・挿絵いり のタッチで出版
いたしました。 

点字本・朗読CDもまもなく完成予定です。

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=250158731739869&set=a.208322132590196.52385.100002372316576&type=1

現時点でFacebookでは4,199人がシェアし、13,085人が「いいね」をしているというものだ。

私自身はといえばこの記事については何ともいえない違和感を感じたのも事実だったのだけれども、この記事自体の問題点については 震災姉妹 最後のメールはデマ!? - Hagex-day.infoが鋭く突いている。
問題は「嘘かもしれないけど感動したし、いい話だからいいじゃん」という受取手側の反応にあるように思えてならない。
この手の話はかっては「一杯のかけそば」という話を思い起こさせる。
一杯のかけそば - Wikipedia
この作品の作者栗良平氏については
栗良平 - Wikipedia
非常に胡散臭い人物だったようだ。

ずいぶん前の話なのでこの騒動についての記憶は余り定かではないが、作者はこれを実際の話として紹介していたのではなかったのかな?ワイドショーで作者が朗読会を開き、それに集まった主婦やお年寄りが一同に涙するという画像を見た記憶がある。
この作者の胡散臭さと、作品が事実かフィクションかということで騒動になった。
そんな中、作者を擁護する意見として「事実じゃなくてもいい話だから問題ないではないか」というものもあった。
とんでもない。この作者はこの話で名をなす前も名をなした後も寸借詐欺の常習犯だったようだが、この話で稼いだといわれる1億数千万円で被害者に弁償することはなかったようだ。事実じゃないいい話のおかげで被害を被った人もいるということだ。

少し前では「水からの伝言」という話もあった。
水からの伝言 - Wikipedia
水に『ありがとう』などの『よい言葉』を見せると、きれいな結晶ができて、『ばかやろう』などの『わるい言葉』を見せると、きたない結晶ができる」という話で、これを学校の道徳の授業の教材として利用した学校まで出現したということだ。
科学的にこのお話が出任せであるということは
「水からの伝言」を信じないでください
の記事に詳しい。

この作者自身はこの「水からの伝言」を上記wikiの記述によれば

江本は『AERA』のインタビューに対して、『水からの伝言』のことを「<<ファンタジー>>あるいは<<ポエム>>である」、即ち 「(科学ではなく)物語である」 と述べた[26]。

ただし物語のリアリティーへの配慮からか、いずれは証明されるものとして語られており、事実でないことには触れられない(物語であるので、証明要素はない)。また、江本は『水からの伝言』の絵本版を2006年から2015年にかけて約500億円の予算で6億5000万部を印刷し世界中の子供たちに配布する計画という[26][27]。

といい、いみじくも何ら科学的な根拠はないと自白したのだが、結晶写真を使用したこともあって科学的であると勘違いした人も続出したようだ。
当然批判を浴びたのだが、「一杯のかけそば」と同様、「事実ではないがいい話だ問題があるのか?」と擁護する意見も現れた。
いやいや大問題だ。
考えてみれば科学的にあり得ないことをあると騙したファンタジーを「いい話」だからということで、道徳の授業で肯定的に教師が話す。子どもにしてみればいい話なら多少嘘をついても許されるのだと理解してしまう危険が高い。

さらには右翼論客や現役政治家が引用したアインシュタインの予言 - Wikipedia
日本がかのアインシュタインに賞賛される内容であり非常に心地よいがこれもデマだった。
「いい話だから問題ないではないか」?
アルベルト・アインシュタインと日本はいう。

 日本で彼の印象に残ったのは、いつでも自然と芸術の美しさ、そして日本人の素直な国民性であり、日本の歴史への関心は薄かった。

 彼はまた、どちらかというと社会主義的な信条の持ち主であった。彼は1930年に、彼をキリスト教に改宗させようとしていたヘルマンスにこう語っている。

「ご存じのとおり、私は社会主義者だ。関心があるのは、すべての人の幸福と、社会主義国建設のために個人の知的自由を獲得する必要性を若い人たちに教えることだけだ。」(ヘルマンス27頁)

 そういう彼が君主制の一種である天皇制をわざわざ賛美するということは、まずありそうもない。また、戦後の彼の世界政府構想においても、「世界的な盟主」の必要性については一度も触れられていない。

 アインシュタインの目が常に日本の一般民衆に注がれていたのに対し、上の文書は「一系の天皇」「尊い家柄」「尊い国」を強調する、典型的に右翼的な発想である。

 さらに彼は、日本が西欧化の中で伝統的な生活文化を失うことへの危惧を表明していたが、「予言」は「近代日本の発展」を素朴に肯定している。

 上の文書は、アインシュタインの思想とは相いれないのである。

つまりこの「予言」はアインシュタインを貶すものであるとすらいえる点において極めて問題がある。

これらの話から言えることが一つある。
いい話だから嘘でもなんでもいいとは言えないのだ。

このメールが実在するのかどうか?という点については私もそれを確認する術はないし、仮に嘘だったとしてもこの記事を書いた本人は決して悪意ではないのかもしれない。ちょっと心に残る話を広めたかったのかもしれない。
しかしそれなら物語は物語として書かれるべきだし、いかにも事実のような衣を纏わす必要性は何もないというべきだ。
そしてこのような行為は震災被害者を貶す行為とも言えるだろう。


最後に昨年の3月11日の震災で被害に遭われた方々、またいろいろな思いを抱きながらお亡くなりになった皆様にお見舞いと哀悼の意を表してこの雑文を閉じる次第である。