kodebuyaの日記

労働問題が最近多くなった食レポブログです。

安倍晋三の「謝罪を負わない」と本多勝一の「謝罪を負わない」

今更感満載の話だけれど、8月14日安倍晋三が放った談話はやはり言及せざるを得ない酷い談話だった。

安倍晋三のいわゆる「戦後70年談話」であるが、相変わらず日本の戦後復興は引き上げた兵士の御陰だとか、日露戦争はアジア解放戦争だったとか、先の大戦は欧米諸国への挑戦だった的な薄っぺらいネトウヨ史観*1いう私が最大限引っかかったのは「子や孫の世代に謝罪を背負わせるべきではない」という点だ。

子や孫の世代に謝罪を背負わせるべきではないなんて、随分前に本多勝一が「中国の旅」で語っている。
しかし、安倍晋三のそれは「だから、今後『南京大虐殺は幻』といおうが『従軍慰安婦なんかなかった』といおうが,なんの問題も無い。だってボクの美しい国表現の自由が認められているんだから」という方向性にあるのに対し、本多勝一のそれはその後「だけれども現在日本でおこっていることには責任がある」と続く。
以下http://www1.odn.ne.jp/kumasanhouse/movement/sinbun_yomitai/meigen.htmlから引用する。

南京大虐殺が行われていた当時、私はまだ幼児でした。おっしゃるように、 たしかに”一般人民”としての幼児の私には、この罪悪に対して直接の責任はありません。 本質的には、中国の民衆と同じく、日本の民衆も被害者だった。ですから私は、同じ 日本人の罪悪であっても、私自身が皆さんに謝罪しようとは思いません。問題は過去より現在 なのです。日本の一般人民は、日本敗戦後二十数年を過ぎた今なお、中国で日本人が何を したかという事実そのものを知らされていません。日本がまた侵略戦争への道を歩んでゆく 危険があるとき、それを私たちがもし何もしなしで傍観しているとしたら、こんどは 私たちに直接責任があることになるでしょう。過去の軍国主義を ”おわび” したところで、 何にもなりません。現在の軍国主義への危険を阻止することこそ、真の謝罪になるのです。 今度取材した日本軍のツメあとの報道は、このような意味で現在の軍国主義の進行を阻止する ための、ひとつの闘いになるものと信じます。」

安倍の言い方からは「じいちゃんやとうちゃんがさんざんあやまったんだからもういいよね。」ということしか感じられない。

*1:若しくは司馬遼史観というべきか