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kodebuyaの日記

再分配にYES!!そして橋下にNO!!の食レポブログです。

おじいちゃまより大叔父様に似ている。

安倍晋三佐藤栄作テレビ

安倍晋三首相が国会をサボってテレビに出演した件であるが、どうやら橋下徹に会いにいったんではないかという話もあるが実際のところはよくわからない。
以下は安倍晋三応援団を自認(?)する産経新聞の記事www.sankei.com

安倍晋三首相は4日、大阪市を日帰りで訪問した。国会開会中の平日に首相が大阪入りするのは異例だが、首相には新党結成を目指す大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長との友好関係を強調する狙いがあった。自民党総裁選後の中長期の政権運営を見据えれば、政治思想が近い橋下氏の存在は欠かせないからだ。

 「維新の党は対案を出した。私は評価する」

 大阪市を訪れた首相は地元の読売テレビのワイドショーに生出演し、安全保障関連法案の対案を出した維新をこう持ち上げた。司会の宮根誠司氏が維新の分裂騒動を念頭に「何やってんねん、橋下徹みたいな感じだが」と指摘したが、首相は苦笑いしながら「議論を深めるには対案を出すことがとても大切だ」と橋下氏をかばった。

 首相の大阪滞在中、橋下氏ら大阪維新幹部との接触はなかった。だが、わざわざ大阪まで足を運べば、橋下氏との親密ぶりを強く印象づけられる。首相としては、会期末の内閣不信任案をめぐる対応で、新党参加の意向を示している維新の党議員を取り込み、野党の一致結束を崩したいところ。新党結成後も来夏の参院選やその後の憲法改正などの際に“親安倍”勢力として協力を得たい考えだ。

いずれにせよ国会の論戦の場で矢面に立たされるが嫌で、自分の主張を垂れ流してくれるテレビ出演(しかも大阪のテレビ局!!)を「野党分断」の大義名分で選んだようにしか見えない。

しかしこの首相はやることが偉大なるおじいちゃま岸信介ではなく大叔父様佐藤栄作のそれに近いなと思えてならない。
佐藤栄作 - Wikipedia

退陣表明記者会見
1972年6月17日の退陣表明記者会見の冒頭、佐藤は「テレビカメラはどこかね? テレビカメラ…。どこにNHKがいるとか、どこに何々いるとか、これをやっぱり言ってくれないかな。今日はそういう話だった。新聞記者の諸君とは話さないことにしてるんだ。違うんですよ、僕は国民に直接話したい。新聞になると文字になると(真意が)違うからね。残念ながら…、そこで新聞を、さっきもいったように偏向的な新聞は嫌いなんだ。大嫌いなんだ。直接国民に話したい。やり直そうよ。(記者は)帰って下さい」と発言。最初は冗談かと思った記者たちより笑い声もあったが、佐藤はそのまま総理室に引き上げてしまった。
内閣官房長官として同席していた竹下登の説得で再び会見室にもどり、何事も無かったよう佐藤は記者会見を始める。反発した新聞記者が「内閣記者会としてはさっきの発言、テレビと新聞を分ける考えは絶対許せない」と抗議したが、「それならば出てってください。構わないですよ。やりましょう」と応え、新聞記者達は「じゃあ出ましょうか! 出よう出よう!」と全員が退席してがらんとした会見場で、一人テレビカメラに向かって演説した。
なお竹下によると、佐藤はあらかじめ記者クラブの了解をとってテレビのみの会見を設定しようとして、秘書官を通じて記者クラブ幹部に話をつけていた。しかしそこで行き違いがあり、記者クラブ側としては、佐藤がテレビに向かって独演することは了承したが、記者が会見の席に出られないという意味では受け取っていなかったため、最後の見送りという意味も含めて陪席することとした。そのため当日の席でまず佐藤が話が違うといって怒り、それに対して見送りのつもりで来ていた記者らも腹を立てて退席することとなったという[24]。
その日の朝日新聞夕刊は、事の顛末を「…ガランとした首相官邸の会見室で、首相はモノいわぬ機械に向かって一人でしゃべっていた[25]」と突き放すように締めくくった。全国紙が時の首相を「一人でしゃべっていた」などと書くのは前代未聞の出来事だった[26]

まぁ、安倍晋三ノーベル平和賞なんてもらうことは万に一つもないだろうが、まかり間違って憲法9条が受賞なんて話になれば、オスロの授賞式に安倍晋三が登壇するという悲劇が起きかねない。
まぁそうなったとしても、オリンピック招致のプレゼンで福島第一原子力発電所を「アンダーコントロール」といい、国立競技場を「他のどんな競技場とも似ていない真新しいスタジアムから、確かな財政措置に至るまで、2020年東京大会は、その確実な実行が確証されたものとなります」とその場受けする発言をしても屁とも思わない我らが宰相は平気な顔して受賞スピーチをしかねないから恐ろしい。