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kodebuyaの日記

再分配にYES!!そして橋下にNO!!の食レポブログです。

皇軍兵士の日常生活

最近読んだ本から

皇軍兵士の日常生活 (講談社現代新書)

皇軍兵士の日常生活 (講談社現代新書)

公助は恥辱が美しい国の伝統

「出征兵士の家族の中には、軍事扶助を受けることを恥ずかしいことだと考えて生活に困窮しながらも願い出ないものがあ」るが、「このような人々には軍事扶助を受けることが決して恥辱ではない、国家が当然しなければならぬこととして行う扶助であるから、そのために選挙権を失うようなこともないと説明して進んで受けるようにすべきである」(同書117頁)

とある。
日本の徴兵制は家族制度を前提にしなければならなかったこともあり、戸主・長男は比較的徴収されにくかったようだが、それでも一家の大黒柱を突然徴収されると生活が成り立たなく事もあるので、国は制度として生活扶助を行っていた。
とはいえ、生活扶助*1を受けることに対する偏見は酷かったようで、わざわざ当時の衆議院議員松本治一郎はこのようなパンフレットを作り、地元で配布していたとのことだ。
同書に寄れば、地方によっては所謂「水際作戦」も行われていた模様であり*2、問題となっている生活保護の「水際作戦」は美しい日本の伝統芸なのだなと思わされた。

実際軍の側からも

「軍事扶助という制度はありますが、是は日本の国民性の関係上から、石に齧りついてでも軍事扶助は受けないという、非常に美しい思想から、大変困っても之を受けないという状況にある。」(同書138頁 太字は引用者)

といみじくも本音が露呈されている。
「お上を忖度しひたすら耐え続ける」都合の良い国民が「美しい国」の住民になる資格を得ることができるのは、今も昔も変わらないらしい。

戦争は格差を是正するのか?

貧困層はそれでも救済制度があるが、自営業者、一次産業など貧困とはいえない状況にあるものはこのような扶助制度はなく、税金の減免制度が検討された程度であったようだ。
また、サラリーマンにいたっては日中戦争勃発当初は「すぐにでも終戦するだろう」という見込の元、(体力のある)企業は給与の3分の2程度を徴兵後も支給していたようだが、それはホワイトカラーに対してであり、ブルーカラーの者は給与の半分程度しか支給されていなかったようである。
戦争が長引くにつれ、企業はその負担額を減らしたいと国に対して言い出すのだが、これは失われた20年の間に「企業の足腰を強くするため」と称して各種手当てが削減されていった様子と被って見える。
それはさておくとしても、当時の社会的格差は戦争が始まっても解消される方向にはなく、その不平不満がそのまま軍隊の中に蔓延っていたのが我らが「皇軍」の本質だったといえるだろう。

丸山真男をひっぱたく

軍隊はその理不尽性を強要するために徹底的に差別をしなければならないという性質がある。だから、徴兵した新兵すら学歴等で昇進に差をつけていった。日本社会の当時の序列を無視した状態で軍隊という集団は維持できないのだろう。なぜなら彼等は(一応)数年後には除隊していくのだから、除隊後に戻る社会の秩序に合わないということになると社会のリスクになりかねないということがあるからだろう。
赤木智弘は「丸山真男をひっぱたきたい。希望は戦争」といったが、確かに丸山真男をひっぱたくことはできたかもしれないがその可能性は殆どなかった*3。それが日本の軍隊の本質だった。
彼が望むような上の者を引きずり下ろすような制度は軍隊にはなかった。

同書については機会があれば改めて紹介したい。

*1:所謂生活保護制度は存在していたが、一方でそれは選挙権を剥奪されるなど恥辱的なものであったらしい。片山さつきあたりは随喜の涙を流して喜びそうだ

*2:同書118頁

*3:勿論赤木のこの言葉はレトリックだが