kodebuyaの日記

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政治家を追悼するということ

西岡武夫参院議長が死去した。
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西岡参院議長が死去、75歳=文相、自民総務会長を歴任

時事通信 11月5日(土)7時40分配信
 参院議長の西岡武夫(にしおか・たけお)氏が5日午前2時24分、肺炎のため都内の病院で死去した。75歳だった。長崎市出身。自宅は同市館内町5の16。葬儀は7日午後1時から同市茂里町3の31の法倫会館で。喪主は妻永子(ひさこ)さん。
 10月20日召集された今臨時国会は、口内にできた帯状疱疹(たいじょうほうしん)による体調不良を理由に、開会式を含めて欠席していた。参院事務局によると、現職の参院議長の死去は1949年11月の松平恒雄氏以来2人目。
 西岡氏の後任について民主党輿石東幹事長は5日午前、記者団に「議長が空席ということは許されない。早急に対応していく」と述べ、人選を急ぐ考えを示した。
 西岡氏は早大教育学部卒。在学中から新聞社経営に関わり、63年の衆院選旧長崎1区で初当選。ロッキード事件をきっかけに河野洋平前衆院議長らとともに自民党を離党し、76年に新自由クラブを結成した。80年に自民党に復党した後、竹下改造、宇野両内閣で文相を務め、党の税制調査会長、総務会長などを歴任した。
 93年に再び自民党を離党し、新進党に参加。同党解党後は自由党に加わった。98年に長崎県知事選に出馬したが落選。2000年衆院選でも落選した後、01年参院選比例代表にくら替え出馬して当選。03年の民主、自由両党の合流に伴い民主党入りした。新進党結成以降は小沢一郎氏と行動を共にした。10年7月に参院議長に就任。東日本大震災への政府対応を批判し、当時の菅直人首相の退陣を公然と求めた。衆院当選11回、参院2回。 

晩年は、三権の長の一人としての立場をかなぐり捨て、もう一方の三権の長の辞任を求めるなど晩節を汚した感があるがお悔やみを申し述べる。

しかしながら、同氏を手放しで賛美する 西岡武夫参議院議長が肺炎で死去 - カナダde日本語には違和感を感じざるを得ない。
上記記事はこういう。

裸の王様に裸であるとはっきりと伝えた子供のように、無能の菅に、無能であることを認めさせて辞任させたのも、西岡議長の功績が大きかった。民主党は、又一人、日本を良い方向に導こうとした有能な政治家を失ってしまった。

下の動画では、西岡議長がテレビのインタビューで、菅内閣不信任案の投票のいきさつについて語っているが、小沢氏が投票場に現れないので、電話で連絡をし、そのときの会話について話している。長い政治活動の中でも、信念を貫き通した気骨ある政治家だった。

そんな西岡が菅直人辞任に動いた原因は高邁な目的ではなかったかのようだ。自ブログからの引用で恐縮だが好日亭日乗 -- 2011年05月の記事一覧 --

退陣要求、原因は「ドタキャン」=西岡参院議長(時事ドットコム)

「会うと1回言ったのに、『ドタキャン』された。だからこうして言うしかない」。西岡武夫参院議長は26日の記者会見で、菅直人首相への退陣を求めるのは、会談の約束をほごにされたことが理由の一つだと明らかにした。
 西岡議長によると、東日本大震災への対応を助言しようと首相に面会を申し入れ、いったんは3月26日と決まった。ところが、その約1時間半後に首相から直接、電話がかかり「話さない方がいい」と決まったばかりの約束をキャンセルされたという。
 西岡議長はこの日も「政権を手放したくない気持ちはよく分かるが、日本の将来を考えるともういいのでは。足るを知ってもらいたい」と退陣を促した。(2011/05/26-18:10)

理由の一つであるとはいえ、小人物であったことが垣間見えるエピソードだと私は思う。
また、上記ブログ主もそうだと思われる「脱原発」についても“地下原発”西岡武夫を持ち上げる似非脱原発「カナダde日本語」 - vanacoralの日記より孫引きすると

■浜岡停止に「大きな疑問」 西岡議長、今週も首相をばっさり(5月12日付MSN産経ニュース)

2011.5.12 17:34*1

 西岡武夫参院議長は12日の記者会見で、菅直人首相による中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の運転停止要請について、「何をもって、そういう判断をしたのか。日本経済を全部計算した上で判断したのか、大きな疑問を持っている」と述べ、首相の判断に疑問を示した。

 復興関連となる平成23年度第2次補正予算案の提出時期を臨時国会に先送りする政府・民主党の方針には、「(2次補正編成が)復興構想会議の結果を見てからということなら、内閣、国会は何のためにあるのか。首相は何を考えているのか、不可思議としか言いようがない」と批判。「国難にあたって首相としての資格があるのか改めて疑う」と述べた。

 政府が復興財源に充てるために消費税増税を検討していることには「そういう発想がどこから出てくるのか私には理解できない」と批判した。

と経済優先の立場を明らかにし、浜岡原発の停止を批判している。
またそもそも同氏は

■【特報】超党派議連発足の狙いは 「地下原発」は菅降ろし?(6月10日付東京新聞*2

 深刻な大震災や福島第一原発事故のさなかに国民をあきれさせた菅直人内閣の不信任騒動。その渦中の先月31日、超党派による「地下式原子力発電所政策推進議連」が発足した。「脱原発」の逆風が吹き付ける原発を臨海部の山の地下に造って進めようという動きだ。だが主要メンバーを見ると、「菅降ろし」を画策してきた首相経験者も名を連ねる。地下原発議連の狙いとは。(佐藤圭、篠ケ瀬祐司)


 「こちら特報部」が入手した地下原発議連の名簿には、民主、自民、公明、みんな、国民新、たちあがれ日本新党改革の各党と無所属の計四十九人が並ぶ。反原発を掲げる共産、社民両党以外の主要政党が顔をそろえた。

 会長は、たちあがれ日本代表で元経済産業相の平沼赳夫氏。顧問は、民主党鳩山由紀夫前首相、羽田孜元首相、石井一副代表、渡部恒三最高顧問、自民党からは谷垣禎一総裁、森喜朗元首相、安倍晋三元首相、山本有二元金融担当相、国民新党亀井静香代表ーの計九人。

(中略)

 地下原発議連は、発足のタイミングから、不信任騒動との関連が取り沙汰された。与野党の原発推進派が、原子力政策の見直しに傾斜した菅直人首相を引きずり下ろそうとしたのではないか。「原発推進大連立」の拠点が地下原発議連ではないか…と。

 実際、谷垣、安倍、鳩山の各氏は「菅降ろし」の急先鋒(きゅうせんぽう)。顧問以外のメンバーを見ると、不信任賛成に動いた民主党小沢一郎元代表に近い西岡武夫参院議長、山岡賢次副代表、松木謙公衆院議員(民主党除名)らが入っている。

ということだ。
故人を追悼することはかまわないが、故人は公人でもある。故人が生前行ったことも適正に評価することが真の追悼になると思うのだ。それでいけば少なくとも脱原発派である「カ〇ダde日本語」の態度は、追悼にかこつけた菅直人批判でしかないと言わざるを得ない。

人間死ねば仏様という考え方は理解できる。しかしそう言ってしまうと「ヒトラーも死んだのだから仏様」という言い方だって成り立ってしまう。
そりゃヒトラーだってその政権期間中極悪非道なことばかりしていたわけではない。しかし、そのヒトラーを「共産主義からヨーロッパを守ろうとした闘士だった」といえばネオナチ呼ばわりされてもしょうがないだろう。ヒトラーの行った行為をきちんと評価しなければそういう言い方になりかねない。

政治家を追悼すると言うことはそういうことだ。
追悼することと評価することをきちんとしなければ単なるプロパガンダに成り下がってしまう。

*1:1 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110512/stt11051217400002-n1.htm

*2:2 http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011061002000064.html