kodebuyaの日記

労働問題が最近多くなった食レポブログです。

裁量労働制拡大と自己責任

所謂「働き方改革一括法案」が今国会で審議される。
本来なら昨年末の臨時国会で審議される予定だったものが「モリカケ問題」で丁寧な説明をしたくなかった安倍晋三首相がろくに開催日数を用意しなかった御陰で通常国会に持ち越されたというものだ。

「アメとムチを一括に出す」

この法案の答申は厚労省のホームページから見ることができる。
www.mhlw.go.jp

そのポイントだが

1.働き方改革の総合的かつ継続的な推進
 働き方改革に係る基本的考え方を明らかにするとともに、国は、改革を総合的かつ継続的に推進するための「基本方針」(閣議決定)を定めることとする。(雇用対策法
2.長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等
(1) 労働時間に関する制度の見直し(労働基準法
時間外労働の上限について、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)を限度に設定。
※自動車運転業務、建設事業、医師等について、猶予期間を設けた上で規制を適用等の例外あり。研究開発業務について、医師の面接指導、代替休暇の付与等の健康確保措置を設けた上で、時間外労働の上限規制は適用しない。
・月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率(50%以上)について、中小企業への猶予措置を廃止する。また、使用者は、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、5日について、毎年、時季を指定して与えなければならないこととする。
企画業務型裁量労働制の対象業務への「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」の追加と、高度プロフェッショナル制度の創設等を行う。(企画業務型裁量労働制の業務範囲を明確化・高度プロフェッショナル制度における健康確保措置を強化)
(2) 勤務間インターバル制度の普及促進等(労働時間等設定改善法)
・事業主は、前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息の確保に努めなければならないこととする。
(3) 産業医・産業保健機能の強化(労働安全衛生法等)    
・事業者から、産業医に対しその業務を適切に行うために必要な情報を提供することとするなど、産業医・産業保健機能の強化を図る。 

3 雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保
(1) 不合理な待遇差を解消するための規定の整備(パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法)
・短時間・有期雇用労働者に関する正規雇用労働者との不合理な待遇の禁止に関し、個々の待遇ごとに、当該待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されるべき旨を明確化。併せて有期雇用労働者の均等待遇規定を整備。派遣労働者について、(a)派遣先の労働者との均等・均衡待遇、(b)一定の要件※を満たす労使協定による待遇のいずれかを確保することを義務化。また、これらの事項に関するガイドラインの根拠規定を整備。 
(※)同種業務の一般の労働者の平均的な賃金と同等以上の賃金であること等
(2) 労働者に対する待遇に関する説明義務の強化(パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法)
・短時間労働者・有期雇用労働者・派遣労働者について、正規雇用労働者との待遇差の内容・理由等に関する説明を義務化。
(3) 行政による履行確保措置及び裁判外紛争解決手続(行政ADR)の整備
・(1)の義務や(2)の説明義務について、行政による履行確保措置及び行政ADRを整備。
(赤太字、青字は引用者)

この一括法案の嫌らしいところは、不完全ながらも(むしろ現状追認でしかないが)時間外労働の上限を設け、勤務感インターバル制度を設けることを(努力規定とはいえ)事業主に求め、そしてある意味本法案の目玉でもある「同一労働同一賃金」とそれに伴う労働条件の均等を求める一方で、所謂「裁量労働制」の適用範囲を青天井にしようとしている点にある。
確かにいずれも「働き方改革」なのであろうが、残業時間の規制と、「定額働かせホーダイ」の異名を持つ裁量労働制の業種の拡大は個別に論じられるべき議論であり一括にとても馴染まず、また労働時間の問題と「同一労働同一賃金」の問題は別物だと思うのだが現政権が長期政権のわりには目立った成果が出ていない以上、ここで実績を作っておきたいと思う政権側とホワイトカラーエグゼンプションの実現を長年の希望にしていた経団連側の意向が合致し、一括提案になったのだろう。
もっと邪推すれば「日本人の低い生産性」をごまかすために時間という概念を第三次産業からなくそうとしているのではないかとすら思えてくる。

裁量労働制の拡大と制度を支える「自己責任」の論理

 裁量労働制の拡大については当ブログでも言及したが、今野晴貴氏のこちらの記事がわかりやすい。
news.yahoo.co.jp

この記事と記事に紹介される判例を見る限りではやはりこの制度は問題がありすぎると言わざるを得ない。
最大の問題はこの制度の根幹を支えるのが「自己責任論」にあるからだ。

所謂「ブラック企業」問題のカウンター言論としては
「帰ることができたのに帰らなかった。」
生活残業だったんだろう」
「辞めることができたのに辞めなかった」
「好きで入社したのにお門違いだ」
「わかっていて入社したくせに」
など、自己責任論が噴出する。実際この制度が運用されるようになれば、さらにこの風潮に拍車がかかることになる、というよりも仕事が自己責任で処理できる社会になっていない中でこの制度の運用は極めて危険だ。というのも「名ばかり裁量」が横行することになりかねないし、今野氏の上記記事を読む限り実際「名ばかり裁量」の問題を解決することなしに制度拡大すればこのような被害が噴出することは目に見えている。
その上以下の問題もあると考える。

判例の確立した基準からも後退する

裁量労働とはいえども、会社は従業員の健康を守る義務があり、そのためには時間管理が必要である」というのが判例で確立した裁量労働制に対する規制であり、実際この判例理論があったからこそ労働基準監督署はこのような是正勧告を出すことができた。https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/medtronic-jp?utm_term=.fb4Dx4038#.ju90Bg1Kv
しかし、今回の一括法案にはそのような文言は記載されておらず、また高度プロフェッショナル業務では求められている健康保全措置の義務づけもないことから、判例理論の規制はほぼ骨抜きになることが危惧される。

日本特有の同調圧力

そしてなによりも大きいのが自分一人だけ帰りにくいというような同調圧力にある。
かって舛添要一が「ホワイトカラーエグゼンプション」を「馬鹿な上司を置いてさっさと帰ろう法案だ」といったことがあった。「馬鹿であれなんであれ人事評価をするのがその上司である以上上司の顔色を伺わずに帰ることなんてできないだろ、舛添って社会人経験がないのか」と思った。日本の会社風土をそのままに導入すると結局会社居残り競争になってしまう状態が加速されるのではないか。

労働者の勝ち得た権利を手放す暴挙だ

実際法案が成立したとしても、事業主は時間管理義務を免れることは実質不可能であり*1、もしかすると採用する事業主は少ないのかもしれない。
しかし、労働における拘束時間の問題は長年の労使間の闘争を経た末に労働者が勝ち得た権利であり、それに逆行するようなことは今までの利益を嬉々として手放すものであり決して認めてはいけないと言わざるを得ない。

そしてこんな批判にはこう答えよう

「成果に対して賃金を支払ってなぜ悪い?」
→法律上禁止されていませんからどんどん支払ってください。ただし、人を拘束していることはお忘れなく。
「だらだら残業している人間がカネを稼いでいいのか?」
→そのとおりです。だからきちんと労務管理と仕事量管理をしてください。

あぁそれから「それならば全従業員を業務委託にする」とか「全従業員を役員にする」とか考えるだけ無駄なのでとりあえず。

*1:深夜労働については割増賃金の支払い義務があるからだ