kodebuyaの日記

労働問題が最近多くなった食レポブログです。

統計をつまみ食いする安倍政権

裁量労働制は「平均的な方」で比べると一般労働者よりも労働時間が短い?

現在国会で審議中の所謂「働き方改革法案」であるが、驚くべき答弁が総理大臣と厚労大臣から飛び出したようだ。以下上西充子法政大学キャリアデザイン学部教授のブログから引用。
news.yahoo.co.jp

立憲民主党長妻昭議員に対する安倍首相の答弁(衆議院予算委員会2018年1月29日)
それと、厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います。

民進党・森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁(参議院予算委員会2018年1月31日)
どういう認識のもとにお話しになっているのかということがあるんだと思いますけれども、確かにいろんな資料をみていると、裁量労働制の方が一般の働き方に比べて長いという資料もございますし、他方で平均的な、平均で比べれば、短いという統計もございますので、それは、それぞれのファクトによって、見方は異なってくるんだろうと思います。

では、その総理が言うところの「データ」や、厚労大臣のいうところの「資料」だが、これが適切に引用されているものであれば驚くべきことになる。拙ブログが裁量労働制拡大に反対したのはこの政策が「定額働かせホーダイ」になりかねない危険なものであるからだったが実際はそうではない、労働者の働き方の自由を確保できる可能性がある大変有意義な政策ということになるものであると、この政策に対する私の評価を大幅に変えなければならないということになるからである。

裁量労働制と労働時間の長さとの相関関係

野党側は労働時間が長くなることについての根拠を
ictj-report.joho.or.jp
に代表される統計データに求めた。
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こちらは勤務時間のアンケートをそれぞれの労働者に行い、得た回答を時間別にグラフ化したものであり、これを見る限り実に6割の裁量労働制適用労働者が12時間以上の労働を行い、10時間以上となれば9割の労働者が当てはまっていることがわかる*1
また、同調査に寄れば

裁量労働制が適用されている者の通常の業務量にたいする認識
恒常的に自分のキャパシティを超えた業務量を抱えている14.1% (30名)
たまに自分のキャパシティを超えた業務量を抱えている57.3% (122名)
いつもちょうどよい業務量24.4% (52名)たまに業務量が少ないと感じている2.8% (6名)
恒常的に業務量が少ないと感じている1.4% (3名)
計100.0% (213名)

となっており、7割以上の労働者が「恒常的にまたは偶に」自己のキャパシティを超える業務を抱えていると考えているのがわかる。
以上調査は

業務の遂行方法(やり方)に関する裁量はあったとしても、業務の「量」に関する労働者の裁量は限定されており、実際の業務量も、労働者が自身で時間配分を調整できる範囲にとどまらないことがわかる。

と結論づけている。

「平均」の定義

一方、政府側は一般労働者・裁量労働制適用労働者の「平均」の労働時間を比較し、「裁量労働制適用労働者」の労働時間は一般労働者のそれに比べ短い「場合」があると反論した。上掲上西教授に寄れば政府は
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/shiryo2-1_1.pdf
を根拠に答弁したとのことであるがここでいう「最長の者」、「平均的な者」の定義を

この調査の調査項目に「平均的な者」と「最長の者」についての労働時間を把握した項目がある。一般労働者の時間外労働・休日労働の実績を紹介したページ(p.7)に、「最長の者」と「平均的な者」について、次のように説明がある。
5 時間外労働・休日労働の実績
※この項の「最長の者」とは、調査対象月における月間の時間外労働が最長の者のことをいい、「平均的な者」とは、調査対象月において最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働時間数の層に属する労働者のことをいう。
 ここで注目したいのは、「平均的な者」とは、「最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働数の層に属する労働者」のことであって、労働時間の平均値を表すわけではないという点だ。

であると指摘している。

つまり、各々の労働者の労働時間の平均をとり比較するのではなく、母数が一番多い労働者の労働時間の平均を取り比較をしたということだ。これで上記資料を見ると確かに裁量労働制の労働者は8.5時間~9時間の労働者の母数が最も多くなる。その母数の平均を取るというのであるから、仮にどちらも同じ時間帯の労働者が一番大きかったとしても、一般労働者の時間の平均が9時間、裁量労働制の労働者の平均が8.5時間となると、一般労働者の方が長くなるということになるという理屈だ。

普通「平均」というと、この場合は調査母数全体の総労働時間を集計し、母数で割るのだと思うが、ここで言う平均は必ずしもそうではなく、母数の一番大きなものの労働時間の平均をとったというもので、それ自体はおかしなやり方だとは思わないが、必ずしも野党側の質問に真正面から答えているとはいえないだろう。
むしろこれについてのブクマ
b.hatena.ne.jp

>>maruX ↓労働時間が長い方からボロボロと死んでゆくのに中央値取ってなんか意味あるの…?

という批判のとおりだろうし、上西教授の以下の批判に政府は答えるべきだろう。

 政府は小細工によって国民を欺くような真似はやめて、現在でも裁量労働制のもとで働く労働者が長時間労働になりやすいという調査データが示す現実にどう対処し、どう過労死を防ぐかという問題に、真摯に向き合うべきだ。

問題は労働時間そのもののみにあるのではない

裁量労働制はその言葉のとおり労働者の「裁量」に委ねられた労働であるということであるが、その実際は少なくとも業務量については労働者の裁量がおよばないものであり、それが原因で10時間以上勤務を余儀なくされる労働者が過半数を超える実態があるというべきであり、経営者側が労働者に裁量権の全てを渡すくらいにしなければやはりこの制度改革は「定額働かせホーダイ」制度だという誹りを免れないだろう。
また、統計資料を恣意的につまみ食いする安倍政権の態度は更に非難されるべきだ。

*1:10時間以下の場合は一般労働者の占める割合が多いが、それは多くの企業が残業時間を月40時間とする36協定を締結している影響ではないかと思われる